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history

沿革

明治18年創業~ 

父・野口利左衛門、母・そでの次男として、埼玉県南埼玉郡潮止村南川崎(現在の八潮市南川崎)に慶応元年・直次郎が生まれる。
やがて直次郎は、東京・日本橋の和菓子「榮太楼」へ奉公に出て修行を積み、年季をあける満二十歳の時、縁者の本間家(下谷区金杉上町・現在の台東区根岸4丁目)へ家督相続のため養子に入る。
明治18年、初代本間直次郎が浅草千束(現在の台東区浅草三丁目・千束通り商店街)へ 和菓子の「福島屋」を出店させた。
直次郎の11歳上の兄・野口吉太郎(安政元年生まれ)が、「福島屋」の出店を機に店を手伝い、仕事を覚えて、実家の八潮・南川崎で菓子製造業「東屋」を開いたのが明治の中頃といわれる。
浅草では、直次郎の子・二代目本間辰三郎とその妻春江とともに店を切り盛りし、商売は繁盛する。

大正12年9月 

関東大震災で福島屋も類焼し、東京での商売継続が困難となり直次郎の実家がある埼玉・八幡村(現 八潮市)へ移り、直次郎の兄・吉太郎の「東屋」の暖簾を分けてもらい、10月には再業する。

昭和19年   

八幡村西袋(現在地)でも和菓子「東屋」を営業していたが、大東亜戦争中の物資不足もあり店を閉める。

昭和21年

二代目辰三郎の妻春江が、草加・美松屋煎餅へ修行に入る

昭和23年4月 

辰三郎、春江とともに、長男である三代目本間進一が中心となり煎餅屋「東屋」を新たに立ち上げ、生地からの本格的一貫製造開始

昭和42年9月 

資本金一千万円で株式会社東屋米菓を設立 初代社長本間進一

昭和44年5月

現在地に新工場完成、増産体制に入る

昭和47年5月

工場を増築し、量産にも対応できる生地製造の設備を整える

昭和58年5月 

同業他社に先駆け、初代社長が発案した「台車式生地乾燥機」を設置。現在他社が製造する同タイプ機種は、弊社が原型となっています。一度に20台の台車が投入可能となる(一台車は計37枚の網)

昭和60年9月 

自社ブランドのみならず他社ブランドOEM製造の受注開始

平成11年5月 

長男 本間彰が二代目社長に就任(東屋からは四代目)

平成15年8月 

原材料に魚類・豆類など多様な素材で研究を重ね製品化に成功

平成18年10月 

第四回 醤油名匠受賞

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